| ジョン・ショウ・ビリングスはインディアナ州の田舎町で生まれました。父は小さな店を営んでいましたが、両親は共にアメリカの建国を支えた東部の由緒ある家系の出でした。５人の子のうち幼い頃から生き残ったのはジョンともう一人の妹だけでした。少年時代から彼は開拓者の精神を身につけていて、すべて身の回りの道具は使いこなし、役に立てています。手にできるあらゆる本を読み、何とか貯めた１ドルで近くの書店の貸出文庫の会員にもなっていました。やがて、最も費用のかからない方法でよいから大学に入らせてもらえれば、家の財産は妹に継がせてやってよいと彼は父親に頼み、オハイオ州オックスフォードのマイアミ大学に入りました。苦学の末、１８５７年に２番の成績でここを出ると、次の１年は働いて学費を稼ぎ、１８５８年秋にシンシナティのオハイオ医学校に入学しました。ここでも解剖室でアルバイトをするなど、ほとんど着の身着のままの生活を１８６０年の卒業まで通しました。 当時の地方の大学の図書館はひどいものでした。教授は本を読ませることなど学生に教えず、図書館は土曜の午前だけしか開かれなかったと言われています。『てん癇の外科的療法』に関する卒業研究に取り組んだ６ヶ月間、ビリングスは一人当たり２冊の貸出権利を友人からかき集めて使わなければなりませんでした。「医学の教え方も、子供をプールに投げ込んで泳ぎを身につけさせるようなもの」と言われていました。このような苦しみの体験から彼は、医学文献を収集した図書館と、文献を利用する手段としての索引の必要性を痛感しました。 卒業の翌年に始まった南北戦争にビリングスは従軍医師として参加しました。外科医としての腕が確かだっただけでなく、彼は指導力や管理能力も認められていきました。生活の途が開けた彼は、キャサリンとワシントンで結婚しましたが、戦争の間は何度か野戦病院に駆り出され、ハイチにまで赴いたこともありました。彼は華々しく昇進することもありませんでしたが、１８９５年まで軍職についていました。 多忙な実務のかたわらビリングスが軍医総監局の小さな図書室を引き受けたのは１８６４年の暮れのことでした。ここの担当を３０年続けた彼は、学生時代からの夢の実現に力を注ぎました。当初は１８００冊しかなかった蔵書が１８７６年には図書４万冊、小冊子４万点にまで増え、１８７８年には主要な医学雑誌を揃えるに至り、１８８５年には蔵書約３１万点となり、世界でも有数の専門図書館に育て上げたのです。彼には医学の文献を使わせるために集め、使えるような手段を講じておくことが目的でした。収集の方法も、小図書館から出発しているため、寄贈と交換に大きく依存していました。 この方法が有効に働くため、彼のこの時期の多彩な活動と実績が大きくあずかっていたと言えます。環境衛生から医学教育、医学文献分析に至るまで、７０年代からの２０年間、ビリングスの研究、報告はきわめて多数に上ります。ジョンズ・ホプキンス大学での医学史の連続講義も好評でした。８０年代からはヨーロッパの会議に呼ばれるアメリカの代表的医学者となっていて、１８８４年にはエジンバラ大学３００周年記念式典に招かれ、名誉博士号を授与されたほか、オックスフォード大学やダブリン大学からも博士号を贈られています。 軍医総監局図書館にいたビリングスが残した図書館界の功績の一つは、書誌と索引の作成でした。協力者としてロバート・フレッチャー博士を得た彼が自館のコレクションの目録を刊行し始めたのは１８８０年であり、１６冊からなるシリーズは彼が退官する１８９５年まで続きました。１館の蔵書目録ではあるものの、この図書館が医学文献をいかに網羅していたかを知らされると共に、叢書は分析され、主題からも正確に引くことができる辞書体だったため、この分野の必須の書目でした。大英博物館蔵書目録の大事業が始まる前のことです。 “Index Catalog”と題するこの書目を彼はフレッチャーと二人だけで作り上げました。図書館の日常業務は自分が訓練した兵卒に行わせ、彼は専心この仕事に打ち込む時間を作ったと言われます。さらにビリングスが取り組んだのは医学の索引誌“Index Medicus”の刊行です。一館の蔵書目録で満足しなかったというより、雑誌の内容を即座に知らせることが彼の若き日からの構想であり、他の図書館界の先人達と異なる医学者としての発想でした。私的な刊行でしたが、１８７９年から月刊で発行し始めたこの索引のため、何冊もの雑誌を抱えて帰宅する日が続きました。１８９５年からは編集をフレッチャーが続けましたが、その後１９５６年にこの索引が図書館蔵書と共に国立医学図書館に引き継がれことは周知のことでしょう。 参考資料 Rogers,FR. The National Library of Medicine. Library Quarterly 1958 ; 28 : 1-17. |